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12/10/10 (水)

連載#05 リアルタイム×経営情報学科 [経営情報学科]

の役割ってナンだ!?

 第5回目は、皆さんが大好きなお金のお話を、ちょっと真面目に考えてみましょう。「金融論(担当:安達哲夫教授)」と聞くと難しそうですが、今日は優しく教えてください!

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安達哲夫教授

 1877(明治10)年、時の維新政府に不満を持つ旧士族(侍)が、西郷隆盛さんを盟主に九州南部を戦場とする「西南戦争」を起こしました。この結果、鎌倉時代から続いた武士の時代が名実ともに終わり、日本は近代国家の建設に向けて駆け上っていきます。
 この戦争で政府軍が勝利できたのは、兵隊の数や武器・弾薬、補給物資の面で、西郷軍を圧倒していたからです。それでは、なぜそれが可能だったのでしょうか。

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各国の通貨に触れてみよう

安達「それは、政府が圧倒的な財力(お金)を持っていたからです。」

 ではどこに、そのようなお金があったのでしょうか。

安達「政府は、紙幣(お札)の印刷機を持っていました。政府は紙幣を大量に印刷して、その紙幣で徴兵した兵士の給料や、武器・弾薬、補給物資の購入にあてることができました。その金額は、当時のお金で4,200万円といわれています。」

 この結果、当時流通していた紙幣の額は、1877(明治10)年の1億2,000万円から、翌年には1億6,500万円に約40%も増加しました。

安達「現在、流通している紙幣(日本銀行券)は80兆円ですから、30兆円に相当します。実際には、この2〜3倍に相当するのではないでしょうか。仮に、現在政府が50兆円(国の年間予算の半分、あるいはGDPの10%に相当)ものお金を、例えばヘリコプターからバラまいたら、間違いなく大インフレ(物価騰貴)が起こります。」

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通貨の歴史は奥深いですね

 事実、西南戦争後の数年間で、お米をはじめとしてあらゆるモノの値段が倍増しました。その教訓から、お金を供給(発行)する機関として、明治15(1882)年に中央銀行である「日本銀行」が設立され、1885(明治18)年から、日本銀行券が発行されます。
 こうして、明治政府は紙幣を印刷しても、それを自由に使うことができなくなりました。


安達「一方、日本銀行は金融機関(銀行)から預かった、例えば国債(昔は金:Gold)と同額の紙幣を金融機関(銀行)に渡す(発行する)ことが決められました。」

 すなわち、日本銀行にとっては紙幣は、金融機関から預かった国債(昔は金:Gold)の「預かり証」に他ならないのです。

安達「そうです。したがって、金融機関が紙幣を持参した場合は、日本銀行は預かった国債(昔は金:Gold)を返さなくてはならなくなったのです。この結果、日本銀行は銀行、すなわち個人や企業が必要とする紙幣を供給すればよく、必要以上に紙幣を供給することはなくなりました。

 同時に、この紙幣の価値を維持するために、“物価を安定的に維持する”ことが中央銀行の第一の目的となったわけですね。

安達哲夫教授から受験生へメッセージ
「お金について大枠で話すと、以上です。詳しい内容については、本学科で開講されている“金融論”で説明したいと思います。皆さんが興味を抱かれ、入学してくることを楽しみにしています。」

<過去のリアルタイム×経営情報学科はこちら>
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連載#03 コンピュータはお利口さま!
連載#02 人と人を結ぶ、経営学
連載#01 経済学は身近な学問

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